2018年10月15日 |
2019/20年秋冬コットン素材傾向 |
PREMIÈRE VISION PARIS及びMILANO UNICAより |
2019/20年秋冬向けヨーロッパの素材見本市が一巡した。ミラノウニカ(MU)が7月10日~12日に開幕し、最高峰といわれるプルミエ―ルヴィジョン(PV)パリが9月19日~21日が開催され最後を締めくくった。 MUの出展社数は、MU本体が475社で昨年同期比4%増。加えて日本の27社/団体をはじめ、総数は607社だった。来場者数は約6,000社で前年並みという。 PVパリは、6つの見本市全体で51か国から過去最高の2005社、日本からも58社が出展し、昨年同期比2.6%増。新規出展は190社で昨年同期比9.5%増だった。中軸のPVファブリックには802社が出展した。一方、来場者数は124か国から55,497名で、昨年同期比8.3%減。これについてはユダヤ教の祭日と重なったことと、通例と異なる曜日の開催という日程変更の影響があったとみられている。とはいえ今期はイノベーションをメインテーマに、デジタルプラットフォームの「マーケットプレイスPV」の始動、企業の社会的責任を問う「スマート・スクエア」の拡大、スポーツ&テックエリアの新設など、既成概念にとらわれない提案が高く評価された。国際色もより豊かになり、見本市は鮮やかな成功を収め、画期的な会期となったと発表されている。 <全般傾向> ♦楽しい驚きのシーズン 2019/20年秋冬は自然志向を基調に、肩の力を抜いた楽しい驚きが広がるシーズン。重厚な贅沢感が際立った前秋冬から、より軽みのある遊び心あふれる方向へ動いている。 トレンドプレビューでは、PVファッション・ディレクターのパスカリーヌ・ウィルヘルムさんは“ポロシティ(porosity)=多孔性、隙間”をキーワードに次のように語っている。「ポロシティは無数にあり、スポーツとファッション、ハイテクとエレガンスの間など一見気づかれないところに潜在している。それらを見つけて前シーズンにはないシルエットをつくり出す、そんな衝動にかられて欲しい。今シーズンはウィットに富んだ自由なエスプリで、無頓着に個性を楽しむシーズン。持続可能性と強く結びついていることも忘れないで」とコメントしている。 これを象徴するのがPVパリのメインヴィジュアルだろう。青空の下、真っ白な雪の大平原を巨大なバルーン(風船)を積んだ二台のトラックが走っている、シュールなイメージである。PVアソシエート・ファッション・ディレクターのジュリー・グルーさんによると「トラックが運んでいるバルーンはイマジネーションのメタファー。オリジナリティのある型破りなアイデアやデジタルテクノロジーなど多様な要素が詰め込まれている。それは転がってすぐにも壊れてしまうフラジャイル(脆い)なもの。トラックはこのバルーンを地平線の彼方に大切に運ぶ旅をしている」という。 バルーンが運ばれる2019/20年秋冬は、これまでならあり得ない組み合わせや差異化が行われ、一風変わった表現もよしとされる、ワクワクするシーズンになりそうである。 ♦暖色系カラーで違いを楽しむ カラーは暖色系が大きく浮上している。ブルーやグリーンの爽やかな色調が多かった前シーズンの春夏から一転、秋冬は明度や彩度を少し落とした温かな中間色へ動いている。 提案されたのは、秋の自然を思わせる暖かな赤茶系や、鉱物を思わせる微妙なニュアンスに富んだニュートラル、それに絶妙なハーフトーンである。全体にまろやかな雰囲気の色調にアジテーター(エネルギーをつけるもの)として原色に近い陽気なカラーも加わっている。 カラーパレットはこれらを組み合わせてお互いが引き立て合えるように構成されている。たとえばPVパリ会場内のインテリアは主調色が紫系のスモーキーなカラーで、これを補完するようにイエローが配色されていた。このイエローはグリーン味の鈍い黄色で、ネームホールダーのコードの色としても使われていた。 今季はこれらのカラーが不協和音的にユニークにコンビネーションされるシーズン。これまでになく他との違いを楽しむ季節が予想されている。 ♦ナチュラルへの潮流広がる これまでも見られたナチュラルへの潮流が、今シーズンはさらに広がる気配を見せている。自然生まれで環境を循環する植物繊維、コットンへの関心は高く、秋冬とはいえ様々な分野で人気を集めている。 背景には今回の見本市で大きく打ち出されたサステナビリティ(持続可能性)への取り組みがある。MUでは、トレンドエリアの前面に「サステナビリティ・エリア」が設けられ、“我々の未来は持続可能か”を訴求、PVパリでは、“責任あるクリエ―ション”を掲げる「スマート・スクエア」が、エリア面積を倍増する1,000㎡規模で開設された。バイオ合繊やリサイクルへの関心が高まり、もとよりエコなコットンも、より環境負荷の少ない生産体制へ動きを強めている。 これには海洋プラスティック汚染が今日、大きなトピックスになっていることもある。植物由来の合繊についてはその生分解性に負の側面があることが指摘されている。環境に長くとどまり、とくに海中では分解されにくいという。 とはいえこれら合繊は高機能でクリエイティブということもあって、とくにスポーツ・アウトドア分野でニーズが高い。 コットンはこの分野になかなか入り込めていない。しかしこの壁を打ち破る新機能の開発が進んでいることも確かである。PVヤーンに出展したアメリカ綿のブースでは、合繊の機能を天然繊維の綿に取り入れた、パフォーマンス性の高い綿繊維を展示、綿布の自然な柔らかさと通気性を維持しつつ、撥水性や防汚性にも優れた特徴をアピールしていた。日本企業も綿100%による合成繊維の性能を備えた生地開発に力を入れるメーカーがある。今回その生地を出品したところ、大好評だったという。ますます進化するコットン、その行方が期待される。 ♦自然リードで新風を巻き起こす 自然へのリスペクトとなってあらわれたナチュラルへの流れ。今シーズンはそれが従来の伝統を打破する新しい風を巻き起こしている。 天然素材ならではのふくらみのある感触やイレギュラーな質感は、一見無造作なのに実は精巧につくられている。今シーズンはそうした驚きの自然素材に目が向けられることが多くなっている。 ファッション・テーマも自然界のモチーフが増えて、とくに新しく注目されるのはミネラル、鉱石という。その粗野な感覚をエレガントに昇華させた生地が目新しく映る。またツィード風のラフな手織りや太い手編み調、手刺繍を思わせるものも目立つ。素朴な外観なのに、高級素材がたっぷり使われているのも楽しい発見である。リッチな装飾もあえてダメージを与えて無頓着に見せる、思いがけない組み合わせもある。多層構造で厚みが増した生地はしなやかで温かい、その心地よい触感に驚嘆させられる。 PVアワードの受賞作品にも、この傾向は色濃く反映されていた。グランプリのマリーニインダストリーの生地は、ワッシャー加工のコンパクトな織り組織のさりげない無地で、スポーティだが、驚くほどの高級クチュール感覚がある。ハンドル賞のテックスラヴァーの生地はふくらみのある温かい肌触りが心地よいツイル。コットンとリネン糸使いで植物繊維らしいリラックスした雰囲気の中に、洗練されたエレガント感が潜んでいる。 ファッションは今、インフォーマル(形式ばらない)、つまりそれほどモード過ぎず、またストリート一辺倒でもない、様々な要素が複層する“カジュアル・シック”。テキスタイルはそこに自然リードの新風を吹き込んでいく。突拍子もないミックスに光が当てられ、意匠糸が並外れた自己主張を展開し、大胆かつ巧みな色使いに工夫が凝らされ、パターンのサイズは誇張される。そこにはシックな新カジュアルファッションの到来を予感させる要素が詰まっている。 <コットン素材のポイント> 1. しなやかなふくらみ 屈託のないカジュアル・シック向けに、しなやかな心地よいボリューム感。厚みはあっても軽くやわらかな風合いで温かい、やさしく体に寄り添う生地。繊細な起毛のシャツ地やツイル、二重織や三重織。またベルベットや計算されたカットコーデュロイ。さらにダブルニット、フリースや裏毛、ヘアリーなパイルなど。 2. しっかりとコンパクト ワークウェアにインスパイアされた、耐久性のある丈夫で軽量、パフォーマンス性に優れた機能的コットン。きっちりと緊密な織り組織のギャバジンやダイヤゴナル、ヘリンボーン、ピケ。伸縮性を失うほどきっちりと密に編み込んだ布帛感覚のニット、しなやかな圧縮フェルト風のものも。 3. ランダムな起伏 表面を活き活きと見せるランダムな起伏が広がっている。繊細で控え目なものから、彫刻のレリーフのような堂々としたものまで。サッカーやリップル、エンボス加工、クラッシュ加工、プリーツ加工など、凹凸やシワの感じは様々。きのこの笠の裏のような襞のものも見られる。 4. 粗野な自然からの発想 未開拓な粗っぽい荒野からのインスピレーション。ラスティックな気分を強調する未加工な外見、ザラザラとしたツィード調、強撚糸使いのドライなタッチ、カラーミックスのスラブ糸、樹皮のような不規則な起伏、多孔質でゴツゴツとした岩石を思わせる加工。濃色の鉱石、あるいはきらめく雲母を散りばめたような表面感は、鉱脈さながら。今季一番の注目ポイント。 5. 工夫を凝らしたカラーミックス ぼんやりと乱雑に見えて工夫を凝らした多彩なカラーミックスが登場している。マルチカラーの強撚杢糸使いのシャツ地やニットでは玉虫効果を楽しめるものが見られたり、控え目なビジュアルのスーツ地に繊細なニュアンスに富んだカラーミックスが効果的に使われていたり。さらに点描画風のものまで。 6. 逸脱するチェックや幾何学模様 チェックは伝統や常識の枠からはずれたタータンなど。ブラシ加工や表面を削るなど、輪郭を曖昧化。無数の意匠糸使いで混沌とした模様をつくり出した格子柄も。幾何学模様も整然を避けて大胆にアレンジされたものが多くなっている。きちんとした四角形や菱形を崩した意匠や、手描き風など非正統的なものが興味の対象。 7. 洗練された滑らかな光沢 2019/20年秋冬は光のシーズン。洗練された滑らかな光沢が表面をおおう。車のボディのように反射するテクニカルなラッカー加工や、半ば消されたような埋もれた光、奥から漏れ出てくるような極めて繊細な輝き、舗道を濡らす雨のきらめきを思わせる控え目な光沢。自然なワックス効果、コーティングやビニール加工も。またシルバーやメタル箔、ラメやルーレックス使いなど。 8. ダブルファンタジー 自由な発想による異色、異柄、異素材のファンシーなハイブリッドが台頭している。表裏コントラストをつけた2色の組み合わせ、また無地と柄のダブルフェースは至る所にみられる。軽い高級感のある二重織や多重織など多層構造のものからボンディング、また極薄のテクニカルなリバーシブル、さらに職人技のニードルパンチにも注目。 9. 絢爛豪華な装飾美 カラフルで華やかな装飾美が花盛り。ジャカード中心にプリント、レース、ギピュール、刺繍が重なり合う。リッチなビジュアルでも詰め込みすぎとの印象はない。アラベスクやパルメットの意匠もふんだんに登場。細かな織り文様やフィルクーペ、メタリックヤーンやイリディセントな光も加わり相乗効果を演出。視覚を惑わせる半透明やシースルー素材への展開も。 10. プリントは大柄化 プリントデザインはパワフルなタッチで大柄化している。下地は先染めやジャカード、オーバープリントなど、凝ったものが多い。 ・花柄は真っ盛り。豊満に、たっぷりと重なり合う花、玉虫のような光沢あるいはマットなエレガントな花。アールヌーボー調、抽象画風、アクションペインティングのような太い線で描かれた柄。70年代のタペストリーにみられるような配列の幾何学調の花も。 ・リッチなインテリア風。過剰とも思える表現でインド風の花やペーズリー、手描き風パルメット、ペルシア風、スカーフスタイルのパネルパターン、小花とネクタイ柄など多様なモチーフのアセンブリー。 ・地質学に見るようなパターンも目立つ。地層、希少な石や宝石,岩のイメージなど。 ・具象柄では、おなじみの美術作品を喚起させるものや、幻想的なウインター・エキゾティシズム、旅の思い出。変わった生き物、俯瞰図など地図をイメージさせるもの。 ・クラシックの再演。チェックや千鳥格子など伝統柄の新しい表現。ぼかしたり、重ねたり、メタリックを加えたり。 |
(取材/文:一般財団法人日本綿業振興会 ファッション・ディレクター 柳原 美紗子) |