2019年10月15日 |
2020/21年秋冬コットン素材傾向 |
PREMIÈRE VISION PARIS及びMILANO UNICAより |
2020/21年秋冬向けヨーロッパのテキスタイル見本市はミラノ・ウニカ(MU)が7月に、プルミエールヴィジョン(PV)パリが9月中旬に開催されて一巡した。
PVパリは6つの見本市全体で世界48か国から2,056社(うち軸となるPVファブリックに811社)が出展し、昨年同期比2.5%増。日本も56社が出展した。来場者数は136か国から56,154人で、前年比1.89%減。その要因として、ブレグジット(英国のEU離脱)から来る不安な経済情勢や、ファッション消費の継続的な減少、ロンドンとミラノのファッションウィークの間での開催となった影響が挙げられている。アジアからの来場は約12%と増加し、中国がもっとも多く、次いで日本、韓国が続く。 MUでは出展社数は、MU本体が465社でほぼ昨年並み。これに加えて日本からも30社・団体が出展した。来場者数も約6,000社で前回のレベルを維持。 日程を7月という早期開催に改めて3年目のMU、この試みは成功だったと高評価されている。一方、PVパリでは“遅い”の声が聞かれた。とはいえECサイトのマーケットプレイスも始動し、もっとも重要な見本市の地位に揺るぎはないようである。 <全般傾向> ♦サステナブルの発信さらに強化 今や、ファッションファブリックもサステナブルが絶対的ミッションとなっている。PVパリもMUも、サステナビリティは縮小する市場を拡大するポテンシャルになると、さらに発信を強化している。 PVパリでは「スマートクリエーションエリア」を1,200 ㎡に拡大した。環境への責任あるクリエーションのニーズに対応する素材を集積したエリアで、出展企業も50社と昨年9月展に比べ大幅に増えた。原材料の調達から工業プロセスまで、より持続可能でエコなデザイン、エシカルなファッションに向けた最新のイノベーションの提案に、多くの来場者の目が集まった。 またパリ市主導で始まった「パリ・グッド・ファッション」プロジェクトに加盟したことも明らかにした。これはファッション産業を持続可能な産業にすることを目指す、2024年までの5か年計画プロジェクトである。サステナブルなファッションを共に推進していくことで、意識を高めることがファッション市場活性化につながるとみているという。 一方、MUは「サステナブルイノベーションエリア」を拡張して臨んだ。エリアには150社を超える企業から1,004点ものサンプルが寄せられ、この数は前回比40%増。サンプルは今回初めて二つのグループに分けられて展示された。すなわちこれまでの時間的な持続性を重視する“エヴァーグリーン”と、新たなカテゴリーの“ファンシーグリーン”である。“ファンシーグリーン”はクリエイティブで革新的な製品を対象とするもので、新しい動きとして注目される。 ♦消費者は天然繊維を支持 PVではエコ・ファッションを俯瞰する資料を公開した。それはIFM(フランスモード学院)との共同研究「エコ・ファッションの消費に関する研究」の一つで、フランス、イタリア、ドイツ、米国の5,000人を対象に実施したアンケート調査である。 これによると興味深いのは素材に関するデータで、消費者は環境に責任のあるファッション製品を選択する際、マテリアルを見るという。サステナブルなファッションにするための素材としては、各国とも60%に迫る人々が天然繊維(コットンやリネンなど)を支持し、表示があれば、天然繊維とリサイクル原料を好んでいる。 環境への懸念の声は、多い順にポリエステル、アクリル、ポリアミド、レザーで、これには先入観や、情報の欠如も影響しているとみられている。実際、消費者はエコ責任(その定義と基準)に関する知識が不足していると感じていて、フランスの消費者の約50.4%が、適切な製品を選択するのに十分な知識がないと認めている。一方、ブランド側にも透明性の欠如や環境認証の不足があるという。責任あるファッションブランドを知っている消費者はフランスでは23%と少なく、価格も33%が壁になっているとしている。 とはいえ2019年に48%の消費者がサステナブルなファッション(リサイクルやオーガニック、フランス製、古着など)を購入し、年間予算の50%をサステナブルなファッションアイテムの購入に充てると回答している。これらの数字は、オーガニックコスメや食品に比べると少し劣るものの、関心の高さを表している。 シャンタル・マリングレーPVマーケティングディレクターは「消費者は購入の基本的価値を環境に責任あるデザインと考えるようになっている。このためエコ・ファッションへの仕組みをつくることは、将来への投資となる。このことをブランドも理解する必要がある。責任ある製品が創造的な価値を失うことはない。逆に創造的な価値を高めることにつながる」とコメントしている。 今や、ファッションの新しい価値がサステナビリティにあることを認識し行動すべきとき。企業の早急な対応が求められている。 ♦創造性とエコ意識が新たなターニングポイントに PVパリのトレンドを提案するフォーラム「パースペクティブ」は、森をイメージしたつくりになっていた。それも深くて暗い森である。 この森はメインヴィジュアルにも使われている。森の中で人間が水飛沫を浴びて飛び上がるシーンで、思わず見入ってしまう。これは不安な森から新しい世界へダッシュする姿であるという。20/21秋冬は、より次元の高いクリエーションへ飛躍するシーズンになりそうである。 フォーラムでは毎シーズン、トレンドを象徴するショートムービーを上映している。今シーズンは、それがもう異次元に突入したといった印象だった。というのも今回はバーチャル・リアリティ(VR 仮想現実)による新しい演出を採り入れていたからである。ヘッドセッドを着装すると、突如3次元の森に迷い込む。幻想的な体験をしながら素材トレンドを紐解いていく。 その主な要素を挙げてみよう。 まずは超軽量、超薄地の“アウター素材への挑戦”。“エコ・リスポンシビリティ”が意識される。次いでハイブリッドなファンタジーを表象する“ミューテーション(突然変異)"へ。ノージェンダーを暗示させる男女が一体化する奇妙な姿に惑わされる。続いて神秘的な“ナイトドリーム”に没入。夜の帳が降りると、闇の中からカラフルに煌めく光のバイブレーションが浮かび上がる。求められるのはバイオや生分解素材である。さらに “溶け込み合う装飾”。荒々しい自然の中から現れる乱舞とともに、謎めいた花のプリントやマーブル模様が見えてくる。ここでもエコな染色・仕上げ加工が大前提。最後は“手付かずの自然“を背景にした“ニューネイチャー”で、スキン感覚のクレープ、やわらかな膨らみやラフな手織りなどがフィーチャーされる。 映像は、PVアワードの審査委員長を務めたオランダのアーティストでデザイナーのバート・ヘス(Bart Hess)氏によるもの。創造性とエコ意識が新たなターニングポイントになってくる2020/21秋冬を、美しくシンボリックに表現していた。 ♦「エコ」と「エゴ」 こうした中、PVパリで、ファブリックに秘められたキーワードは「エコ」と「エゴ」。コットンはこの二つの両極の間で揺れ動く。 「エコ」は言うまでもなくナチュラルファイバーやリサイクルなど、環境への責任を考慮した素材で、今シーズン大きく打ち出された。パフォーマンス性が求められるスポーツ用素材にもコットンが登場。ストレッチもコットン100%のナチュラルストレッチが拡大を見せる。 「エゴ」は自我、つまり個人のことで、個性を求めるオリジナリティやファンタジーへの欲求を受けたもの。購買の動機はかつてのように「誰かが持っているから」ではなく、個人完結型となり、マス・カスタマイゼーションが広がり始めている。またスピリチュアルな世界への興味も高まっている。これはそうした動きを反映したものといえる。 MUではトレントドエリアのメインテーマは「エコロティカ」、つまり「エコロジー+エロティック」の造語である。これは上記PVパリの「エゴ」の相似形と捉えることができる。 アーティスティック・ディレクターのステファノ・ファッダ氏は、「“エロティック”という言葉は、SNS上で人々を観察する中から生まれた」という。「“LIKE(いいね!)”への欲求から、人に認められたい、評価されたいという気持ちが高まり、自分をさらけ出して見せる形が広まっている。それは自身の官能性(エロティシズム)を触発するとともに、美的表現を導き出す原動力ともなっている」と語っている。 ここでは自らの姿を見せたい、驚かせたいという力強い美が展開され、テーマとして次の三つが提案された。ドラマティックな“エコロティック・ドラマ”、超自然的な“エコロティック・エデン”、シュールな“エコロティック・サーカス”である。 エコなコットンもこれらのトレンドを反映するように官能的な感性あふれる方向へ動いている。それは装飾的で女らしいクチュール感覚を追求する傾向でもある。 もう単にエコというだけではない、プラスアルファの価値が求められているコットン。PVパリでもMUでも、差別化へ向けた新たな一歩が始まっていた。 ♦ピンク系やダーク系に注目 サステナビリティの風に乗って、シックで落ち着いた雰囲気が戻っている今シーズン。PVパリで、新しい彩りの主役となったのが“パープルアディクト”。濃い紫色で、会場の什器など至るところに、ネームホールダーのコードにも使われていた。色みはこれまでのベージュから“パープルアディクト”などピンク系への移行が見られ、ナチュラルな色目と繊細なセンシャリティの間の色調が広がっている。とくに皮膚の色を思わせるスキンカラーのバリエーションが拡大し、ダークなカラードニュートラルや優しいニュートラルカラーに、ピンクや赤みを帯びた肌色を吹き込んだような色調が注目される。 無地や無地調が中心のシーズンで、配色もソフトなトーン・オン・トーンやコントラストを抑えたツートーンが多くなっている。たとえば肉感的なピンクと濃厚なブラウンの組み合わせで、やわらかいエレガントな質感を演出する。 夜の闇のようなダーク系もトーン・オン・トーンで幻惑したり、色味のあるデリケートな光をまとったり。光は、テキスタイルに強さと豊かさを与えるものとして活躍する。ビビッドカラーは、2色もしくは3色ミックスでリッチ感を強め、無地やグラフィックな表現にエネルギーを注入する。 MUではダークトーンが主調になっている。黒を中心に、ダークブルーや森のグリーンなどダークを基調としたカラーコントラストがシーズンを特徴づける。明るいカラーも暗いシャドーをつけるのが目新しく映る。 <コットン素材のポイント> 1. 緻密で堅牢な超薄地 テーラリング風の作り込みと構築的なウエアが、ファッションの有力トレンドに返り咲く。軽く緻密で、超薄地ながら堅牢な風合いは、ドライタッチで一見硬そうだが、しなやか。ギャバジンを始めツイル、綾目の目立つカルゼも活躍。モールスキンはぎゅっと締まっていて薄く、ニットは目が詰んでいて安定性がある。きっかりとしたプリーツ、紙に近い微妙なパリパリ感も重視される。 2. コットンナチュラルストレッチ コットン100%でポリウレタンが含まれないナチュラルストレッチ製品が広がりを見せている。シャツ地を中心にスーツ地など、バリエーションを増やしている。織りや加工技術を工夫したエコな製法で、リサイクルや廃棄処理を簡便化できる。また快適な着心地やスタイルを追求し、活動的な日々を送る人も気楽に着用できるとあって好評を得ている。 3. シルキーフュージョン シルキーなコットンが多くなっている。しかも高パフォーマンスな機能性も巧みに取り込まれる。高級感のある光沢をまとうリップストップや、抑制された光沢のシックなシャンブレー、繊細なスラブ糸が織り込まれたシャンタン風。また密度を高めて肉厚になった滑らかでドレープ性のある質感のコットンも。 4. 皮膚感覚のクレープ きめ細かな肌から細かい乾燥したシワ肌、鳥肌など、様々な皮膚感覚を想起させるマットなコットンクレープは、女性のワードローブの永遠の定番であるクレープのイメージを一新する。経シワの楊柳シボにも注目。 5. 魅惑の光沢 今シーズンは光の効果が欠かせない。コットンの定番を高級感あるものに見せるものでもあり幅広く見られる。きらりと輝くラメ糸やいぶし金や銀などのメタリック、フィルムヤーンの冷たい光、シークイン、再帰反射などに加えて、目新しさを感じさせるのが、水面や泥の表面に油を落とした時にできるようなモアレ状の波紋を彷彿とさせる魅惑的な光沢。テクスチャーの中に半ば埋没しながらチカチカと輝いていたり、部分的に光っていたりするものにも目を奪われる。 6. 膨らみ&軽量化 モコモコと膨らんだ温かそうな素材がいっぱい。コットンも起毛が好評を得ている。コーデュロイやベロア、パイルなど、毛足はより長いものが増えている。ふっくらと空気で満たされているような裏毛も。ふくれジャカードやカットジャカードも引き続き人気。いずれも軽量化が鍵になる。またブークレなど太糸意匠糸使いのしなやかな丸みを帯びたツィードや、やわらかなシェットランド調もひっぱりだこ。レースや刺繍もフワフワしたヤーンを加えたものが目立つ。 7. 精緻なダブルフェイス 両面使える精緻なダブルフェイスに人気が集まっている。最軽量を目指し、薄さの限界に挑戦。二重構造になっていても、実質的に重量は増えていない。ボンディングも薄い樹脂で張り合わせて一層の原料に成功している。無地と柄を織りで、あるいは接着で、コンパクトな機能素材と保温性のある起毛との組み合わせも多い。 8. 小柄の幾何学意匠 ファブリックの織り組織に小柄の幾何学意匠を見せるものが増えている。細かい迷路のような複雑なものも興味の対象となっている。ジャカード、レースなどもジグソーパズルのようなデザインで見られたりする。クラシックなものであるが、シックなメンズのネクタイ調の柄も新鮮なものとして受け止められている。 9. 力強い大柄チェック 大柄化した力強いマクロチェックが目に付くシーズン。ウインドーペインや碁盤縞、千鳥格子からシャドーチェック、大小の格子を組み合わせた複雑なものまで、様々なチェックが引き伸ばされ、グラフィック感覚に。タータンも一マス10センチを超えるものも多くなっている。色使いもヴィヴィッドで楽しいものが好まれている。 10. プリントパターン 20/21秋冬は深みのある濃密な感覚が特徴。“夜の夢想”といったイメージで、神秘的な夜の森やジャングルを舞台にしたモチーフが豊かに見られる。奇妙な光で輝く花や抽象化された葉柄、森に棲息する猿やウサギ、鳥など、遊び心のある動物も見え隠れする。とくに幻想的な黄昏時に見るような空想的な花、異形の動物たちも出現する。ヘビとワニが合体したようなこれまでに誰も見たこともないアニマルスキンも。また迷彩柄に替わる石目や大理石模様、そのマルチカラーのもの。 さらにヴィンテージ調の更紗柄、アールヌーボーやリバティ風のパターン、スカーフのようなパネル柄も目立つ。ジオメトリックも小柄のものからモダンでカラフルなうねる波の模様など様々。モダンアートを思わせる大胆なグラフィック柄にも魅せられる。 |
(取材/文:一般財団法人日本綿業振興会 ファッション・ディレクター 柳原 美紗子) |